増やすのは得意なのに、お金を気持ちよく使うのが下手。これは前に、配当金の使い道の記事でも少し書きました。配当金が入ったら、ちょっといい焼き肉を食べに行く。そういう「使うきっかけ」は、なんとか作れるようになったんです。
ただ、配当みたいな特別な入金ならまだしも、普段の、理由のない楽しみにお金を使うのは、いまだに下手なまま。今日は、その「普段の楽しみに使えない」ほうの話です。
先に言っておくと、ケチというわけではないと思います。必要なものや、長く使うものには、納得すればちゃんとお金を出せる。それでも、楽しみのための支出になると、どうも手が止まるんです。
何でも「元が取れるか」で考えてしまう
よく振り返ると、私の支出は、ほとんど「それ、元が取れるか。必要か」で動いていました。理由がつくものには、迷わず出せる。半年ほど口コミを調べてから思いきって買ったMacも、毎日使うと分かっていたので、値段のわりに迷いはありませんでした。
でも、理由のつかない支出になると、とたんに手が止まります。とくに目的はないけど、ただ楽しいから。意味はないけど、ちょっと嬉しい。そういう、合理では説明できないお金の使い方が、どうも苦手なんです。旅行の予約ひとつ取っても、つい「この値段の価値があるか」を計算してしまって、純粋に楽しみにできない。
去年も、前から気になっていた趣味の道具を、結局「元が取れるか分からない」と見送りました。値段は1万円ほどだったのに、”楽しみのためだけ”というのが、どうしても引っかかったんです。我ながら、こじらせているなと思います。
甥っ子の一言で、ハッとした
はっきり目が覚めたのは、甥っ子(小5)のひとことでした。久しぶりに会ったとき、「おじさん、お金あるのに、なんで楽しそうじゃないの」と、悪気なく聞かれたんです。
笑って流しましたが、家に帰ってから、妙に引っかかりました。必要なものは、ちゃんといいものを買えている。配当が入れば焼き肉にも行く。でも、それ以外の普段の暮らしで「楽しむためにお金を出す」ことだけは、ずっと後回しにしていた。残高を増やすのが目的になって、何のために増やしているのかが、自分でも曖昧になっていたんです。これは、地味にこたえました。
そういえば、貯める理由を書き出してみたタイムバケットの話を前に書いたときも、近い将来の欄はすぐ埋まったのに、10年20年先の「楽しみ」の欄は、ほとんど空白のままでした。考えてみれば、計画の段階からして、私は使うことが苦手だったわけです。リストを作っても、いざ実行する段でまた止まる。根っこは同じでした。
「元が取れなくていい」支出を、少し練習している
そこで、あえて「元が取れなくてもいいお金」を、少しだけ使う練習を始めました。配当金のときだけでなく、普段から、です。
理由のないランチを、月に2回だけ、ちょっといい店にしてみる。妻と、目的のない週末の外出をする。甥っ子には、損得を計算せずにお土産を選ぶ。どれも数百円から数千円ですが、「これは、楽しいから使う。それでいい」と、自分に許可を出す練習です。
やってみると、これが思ったより難しい。頭が勝手に「で、これの価値は」と計算を始める。それでも何度か繰り返すうちに、理由で測れないお金の使い方にも、少しずつ慣れてきた気がします。
先日は、なんでもない平日に、仕事帰りでケーキをひとつ買って帰りました。数百円のことですが、レジで一瞬ためらった自分に苦笑いしつつ、それでも「こういうのでいいんだ」と思えた。冷蔵庫の前でそれを食べながら、貯めるばかりだった自分が、ほんの少しだけほどけた気がしました。
「資産の1%」を、使っていい枠に決めた
もうひとつ、最近とり入れたルールがあります。お金は貯めたり増やしたりするだけでなく、気持ちよく使うのも一つの力だ——そう思うようになって、自分なりに決めたものです。資産の1%くらいは「使っていいお金」としてはっきり分けておく、という考え方です。
たとえば資産が1,000万円なら、その1%で年に10万円。これを「楽しみのために使っていい予算」と最初に決めてしまう。残りはこれまでどおり、つみたてに回して育てます。1%なら、長い目で見ても資産の成長にはほとんど響きません。それでいて、”使っていいと自分で決めたお金”があるだけで、楽しみへの支出の罪悪感が、ずいぶん軽くなりました。
私のように「元が取れるか」で固まる人間には、この”枠”が効きます。理由を考える前に、もう使っていいと決まっているお金だから、手が止まりにくい。貯めるのが得意な人ほど、最初に小さく”使う枠”を切っておくといいのかもしれません。
まとめ:貯める力と、使う力は別物
必要なものに納得してお金を使えることと、楽しみのためにお金を使えることは、どうやら別の能力です。私は前者ばかり鍛えて、後者をすっかりサボっていました。配当金で焼き肉、の次の段階が、なかなか進まなかった。
使う力にも、たぶん練習がいる。貯めるのを何年もかけて覚えたように、楽しむためにお金を出すことも、小さく試しながら覚えていくしかないんだと思います。正直、私はまだ下手です。それでも、増えていく残高をながめてどこか満たされない、あの感じからは、少しだけ抜け出せてきました。
歳をとったとき、「貯めるのだけは上手だったな」で終わるのは、なんだか寂しい。そう思えるようになっただけでも、あの日の甥っ子の一言には、ちょっと感謝しています。


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